割引率②-株主資本コストと有利子負債コスト

株価算定(株価評価)-DCF法の実務 | 2019年7月12日

今回は、弊社オリジナルの連載特集【株価算定(株価評価)-DCF法の実務】第6回目をお届けいたします。

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1.前回の復習(WACC)

 

前回記載のとおり、割引率はWACCを用います。復習ですが、

 

 

WACC=Rd×(1-t)×D÷(D+E)+Re×E÷(D+E)

 

 

Rd:有利子負債コスト(以下借入コスト)
Re:株主資本コスト
t:税率
D:有利子負債額
E:株主資本(時価)

 

 

として算定されます。資本構成であるD÷(D+E)やE÷(D+E)については、前回記載しましたし、税率であるtは実効税率として所与のものとなるため、WACC計算のために残っているのは、

 

 

Rd:借入コスト
Re:株主資本コスト

 

 

のみとなります。まずは簡単な借入コストの方から見て行きましょう。

 

2.借入コスト

 

借入コストの算出は主として以下のどちらかで求めます。なお、データ抽出の容易性を勘案し、前者1を使うことが多いです。

 

 

1.評価対象企業の借入及び利息支払いの実績から推定する方法
2.類似企業の格付けとそれら企業が発行する社債スプレッドから推定する方法

 


1.について

 

評価対象企業が実際に払った支払利息と残っている負債額の推移から推定する方法があります。この方法の利点は、公表データから推計できるため(ただし、上場会社に限りますが)、その会社の社債が市場に出回っていない、もしくは会社及びその会社の社債が格付けされていなくても借入コストを見積もることができる点です。

 

 

一方、問題点としては、財務諸表の支払利息と有利子負債残高から計算される借入コストは、過去の信用リスクを反映したものであり、現在の会社の状況や市況を織り込んでいないことが挙げられます。

 

 

また、平均値として算出される借入コストはどの期間に対応するものなのかを把握することが困難です(借入期間3年の利率なのか、5年の利率なのか、10年の利率なのか分からない)。

 

 

その結果、例えば企業が短期借入しか行っていない場合には借入コストがとても低く算定され、長期の借入しか行っていない場合は借入コストが高く算定されることになるかもしれません。

 

 

ただし、借入コストの取りうる範囲は株主資本コストに比べてはるかに狭く、上記のような誤差が生じても、全体の算定結果に重要な影響が生じさせないため、財務諸表上の支払利息と有利子負債の関係から推定する方法も実務上は広く採用されています。

 


2.について

 

類似企業と評価対象企業の格付けおよびそれらが発行する社債の格付けが等しい場合、これら2社の社債利回りから無リスク金利を引いた金利スプレッドは、ほぼ等しいと見積もることができます。

 

 

そうすると評価対象企業の借入コストは、類似企業の金利スプレッドにリスクフリー・レートを足したものに類似すると見積もることができます。

 

 

この手法は、評価対象企業及びその企業が発行している社債の格付けが類似企業のそれと似ており、かつ市場で類似企業の社債利回りを観測できる場合に使用可能です。

 

 

各企業の格付けは、S&P、ムーディーズ等の格付け機関が行っており、各社債の市場利回りは、ロイターなどで収集することができます。

 

 

なお、未上場企業の評価を行う場合、格付けが行われているような大企業はもはや類似企業と言えない可能性があり、2の手法はそもそも使うべきでないかもしれません。

 

3.株主資本コスト

 

ここでは、株主が期待するリターンとしての株主資本コストは、CAPM(Capital Asset Pricing Model)により算出されるとご理解いただければと思います。

 

 

CAPMは、ノーベル賞経済学賞を受賞したウィリアム・シャープ博士により導き出された手法であり、その詳細については深追いしなくてよいでしょう。

 

 

なお、CAPMのみでは説明できない差異が存在することに鑑みて、当該差異を調整するため、実務では修正モデルを用いることが多いです。

 


CAPMの修正モデルによれば、株主資本コストは以下の式によって表されます。

 

 

Re=Rf+β×(E(Rm)-Rf)+Sp

 

 

Re:株主資本コスト
Rf:リスク・フリー・レート
β(ベータ):リスク感応度
E(Rm)-Rf:マーケット・リスクプレミアム
Sp:サイズプレミアム(これがCAPMの修正部分)

 

 

株主資本コスト(Re)を求めるにあたっては、①リスク・フリー・レート、②β(ベータ)、③マーケット・リスクプレミアム、④サイズプレミアムをそれぞれ用意する必要があります。以下ではそれらについて記載します。

 

3①.リスク・フリー・レート

 

リスク・フリー・レートは文字通り無リスクな資産に対する利回りであり(厳密には無リスクな資産は存在しないと思われますが)、一般的には長期の国債の利回りが適用されます。

 

 

リスク・フリー・レートはその値が小さい範囲でしか変動せずそもそも僅少であるため、マイナス金利であっても全体の算定結果に与える影響は少ないです。

 

 

ここでは、

 

 

  • 10年物国債利回りを利用するとよい(長期金利の代表的なものなので
  • 10年物国債利回りはネットで容易に検索可能
  • 過去平均値でなく、評価基準日の現在値を用いるべき(割引率は今から将来のキャッシュフローを現在価値に割り引くものであるため)

 

 

という程度を把握しておいていただければと思います。以下の3つの値の方がはるかに重要です。

 

3②.β(ベータ)

 

ベータとは

 

 

マーケット・リスクプレミアム(上記式のE(Rm)-Rf)は、相対的にリスクの高い株式への投資を行う場合に、投資家が追加的に追及するリスクプレミアムであり、株式投資一般に関するものです。

 

 

まずは、株式市場全体(日本では主としてTOPIXを用います)のリスクを「1」として基準化します。

 

 

そのうえで、特定の株式の投資のリスクがTOPIXと比べて高いか低いかを推定します。リスクがTOPIXよりも高い場合には、この指標は1以上になり、低い場合には1以下となります。

 

 

この株式市場全体のリスクに対する個別企業のリスクの割合を示す指標をベータと言います。

 

 

レバードベータの算定

 

 

市場で観察された対象企業の株価に基づくベータ値そのものの値をレバードベータと言います。対象企業の株価とTOPIXの時系列データを手に入れれば、エクセルで計算できます(詳細はここでは割愛しますが、検索すればすぐに出てくると思われます)。

 

 

株価は当該企業の将来収益を反映した固有のものであり、将来収益は当該企業固有の財務リスク(資本構成により変動)とビジネスリスクに影響されます。つまり、レバードベータは当該企業の財務リスクとビジネスリスクを両方含まれたものであると言えます。

 

 

評価対象企業が上場企業の場合、評価対象企業のレバードベータをそのまま使用することもできますが、ベータ値の精度を高めるため、評価対象企業と事業内容や規模の観点から類似する上場企業を複数選択し、これらのベータ値を分析検討することも行われます。

 

 

なお、未上場企業の場合は自社のレバードベータを算定することができないため、類似上場企業から推定計算することとなります。

 

 

ベータ値の推計

 

 

類似上場企業のレバードベータを用いて評価対象企業のベータ値を推計する場合、評価対象企業の資本構成は、類似上場会社とは異なるので、類似上場企業のベータ値から評価対象企業のベータ値を算出するためには、いったん類似上場企業のレバードベータを負債の影響を含まないベータ値であるアンレバードベータに変換します(アンレバード化)。

 

 

アンレバードベータは、市場で観察されるレバードベータから財務リスク(資本構成により変動)を排除したものなので、資本構成の影響によるリスクを含まない、ビジネスリスクのみを含めたものとなります。

 

 

アンレバードベータ(複数企業の平均値や中央値)を、評価対象企業の属する業界のベータ値とし、さらに、評価対象企業の将来資本構成により、評価対象企業の財務リスクを反映したレバードベータを算出することができます(リレバード化)。

 

 

企業価値評価の実務で一般的に用いられるアンレバード化及びリレバード化の式は以下のとおりです。

 

 

【アンレバード化】

 

 

アンレバードベータ=レバードベータ÷{1+(1-税率)×有利子負債÷株式時価総額}

 

 

【リレバード化】

 

 

レバードベータ=アンレバードベータ(※)×{1+(1-税率)×有利子負債÷株式時価総額}

※アンレバードベータは複数企業の平均値や中央値

 

3③.マーケット・リスクプレミアム

 

マーケット・リスクプレムアムは、無リスク資産(国債など)よりもリスクがある株式に対して投資を行う場合に、どの程度の追加のプレミアムを求めるかを示したものです。

 

 

株式市場全体における平均的なリターンから同期間の無リスク資産の利回り(リスクフリーレート)を差引くことにより算出されます。

 

 

マーケット・リスクプレミアムは、実務ではヒストリカルデータ(過去データから算定)が用いられることがほとんどであり、当該ヒストリカルデータはイボットソン・アソシエイツ・ジャパン社やプルータス・コンサルティング社が有料で提供しています(どちらも内容はほぼ一緒)。

 

 

ヒストリカルデータの特徴として、観察期間によって大きく値が変動することが挙げられます。つまり、採用する選定期間を恣意的に操作することで、この値はいくらでも変えられてしまうということです。

 

 

これらの恣意性を排除するため、観測可能な最長期間(1952年~現在まで)の値を用いるなどが考えられます。

 

 

なお、日本の場合、観測可能な最長期間に戦後の高度経済成長の期間が含まれるため、現在の経済的に成熟した環境下のリスクプレミアムを反映するには適切でないという意見もあります。

 

 

実際に過去の裁判(カネボウ株式買取価格決定申立事件)では昭和20年代のヒストリカルデータは排除すべき判断が示され、その判断が継続的に参照されレポートに採用されているケースが見られます(ヒストリカルデータの採用範囲を1955年~現在までの値とする)。

 

3④.サイズプレミアム

 

サイズプレミアムは、CAPMでは説明できない、企業の規模に起因する部分を調整するための追加的なプレミアムをいいます。

 

 

一般的に、規模が小さい企業のリスクは高く、規模が大きい企業のリスクは低いと考えられます。これらの実態をCAPMでは反映しきれない部分があるため、サイズプレミアムでの調整が必要となります。

 

 

なお、この計算についてもマーケット・リスクプレミアム同様、自分で行うのは現実的でないため、イボットソン・アソシエイツ・ジャパン社やプルータス・コンサルティング社が有料で提供しているデータを用いるとよいでしょう。

 

 

マーケット・リスクプレミアムと違い、サイズプレミアムに関する上記2社のデータには大きな差異があります。

 

 

この差は考え方の違いによるものですが、そのロジックの説明は複雑であり、ここでは割愛させていただきます(ご興味あればそれぞれのレポートをご参照下さい)。当社の場合はイボットソン社のデータを用いることが多いですが、プルータス社のデータも参照するようにしています。

 

 

以上、特に今回は長くなってしまいましたが、DCF法の重要項目である割引率の算定について、一通り説明させていただきました。

 

 

いかがでしたでしょうか。文面では分かりにくい点があるかもしれませんがご容赦ください。

なお、今回の解説のみで足りない場合、当社では

 

 

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では、今回はこの辺りで失礼いたします。お読みいただきありがとうございました。

 

 

【目次】

 

第1回 株価算定総論-何故株価算定書が必要か
第2回 株価算定の手法
第3回 DCF法総論
第4回 将来フリー・キャッシュ・フロー(FCF)の算定
第5回 割引率①-加重平均資本コスト(WACC)と資本構成
第6回 割引率②-株主資本コストと有利子負債コスト(今回)
第7回 予測期間とターミナルバリュー(継続価値)、割引率の採用タイミング
第8回 非事業資産と有利子負債
第9回 被支配者株主持分、新株予約権、種類株式がある場合の留意点

 

 

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